なぜ飛行機に乗るのが怖いのか? 数学者が理由を語る
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――筆者のユージニア・チェン博士は、シカゴ美術館附属美術大学の招聘サイエンティスト。近著は「Beyond Infinity: An Expedition to the Outer
Limits of Mathematics(仮訳:無限大の向こう側:数学の外的限界への探索)」で、米ベーシック・ブックスから3月出版予定***
わたしは飛行機に乗るのが嫌いで、特に離陸時が苦手だ。飛行機が加速し、エンジン音が高くなるにつれ、わたしのパニックの度合いも大きくなる。
理知的な人々は、これがナンセンスだと主張する。飛行機の墜落事故で死ぬ確率は、自動車の衝突事故で死ぬ確率よりずっと低いうという理由でだ。
統計もそれを裏付けているように見える。2016年に民間機の墜落事故で亡くなった人は世界中で271人にとどまる。一方、交通事故では約130万人が
命を落としている。これらの統計は、雑な比較に過ぎない。搭乗者が移動した距離の観点からすると、言うまでもなく自動車の移動距離の方がずっと長いからだ。だが、
それはいわゆる「安全」にとってなお大きな差だ。わたしが理知的でないだけなのだろうか。わたしは、数学の専門家として、自分が理知的でないという
考えが受け入れ難い。そこで、自分の恐怖心を数学的に説明してみることを決意した。そして、以下の3つの要素を発見した。1つ目は、条件付き確率だ。これは、何かが起こった場合に別の何かが起こる確率を指す。飛行機の墜落事故でわたしが死ぬ確率はかなり低いものの、
わたしが飛行機の墜落事故に巻き込まれた場合にわたしが死ぬ確率は高い。これは、自動車の衝突事故と違う。自動車の衝突事故には、搭乗者が死を逃れられるかもしれないものがたくさんあるからだ。実際には、航空機の
衝突事故で死に至らないものは、われわれの想像以上に多いかもしれない。だが、われわれはニュースで飛行機の事故といえば死亡事故ばかりを
聞くことが多い。わたしにとって怖いのは、致死的な墜落事故が起きると、基本的にだれもが死ぬという考えだ。誰かが死ぬと、まれな場合を除いて、全員が死ぬことが
圧倒的に多い。したがって致死的な墜落事故が起きた場合という条件付きの死の確率は、1に近いように見える。以下ソース
http://jp.wsj.com/articles/SB10675506150565094895104582618623222185492
ケロケロケロッピって何で消えたの?
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4213985.html